【アメリカ】ワシントンDC・モール南の記念碑群を練り歩く

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【USA放浪記】ワシントンDCのホワイトハウス周辺を徘徊のつづき

モール北側のFBI本部界隈から、モールを縦断し南側にあるトーマス・ジェファーソン記念堂へ、2kmほど歩きます。

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トーマス・ジェファーソン記念堂

トーマス・ジェファーソン記念堂

道中、タイダルベースン(池)に寄り道。対岸から眺めるトーマス・ジェファーソン記念堂はとても美しい。このタイダルベースンの周りは、日本から贈られた桜が植えられていることで有名です。なお、この時は9月。

トーマス・ジェファーソン記念堂1

タイダルベースン沿いを歩いてトーマス・ジェファーソン記念堂へ。ギリシャのアレみたいっすね。

トーマス・ジェファーソン記念堂2

近づいてみると柱の1本1本が太くてでかいです。また、大理石で作られているため、シンプルだけども美しいです。

トーマス・ジェファーソン記念堂3

中におあしますは、アメリカ第3代大統領のトーマス・ジェファーソンであります。彼は独立宣言の起草者であり、初代国務長官→第2代副大統領→第3代大統領となった、アメリカ合衆国の立役者のひとり。

また、のちの民主党となる民主共和党の創設者でもあり、現在の2ドル紙幣の肖像画にもなっています。2ドル札見た記憶がございませんが。記念堂の内壁には、彼のメモリアルらしく独立宣言のフレーズが刻まれています。

トーマス・ジェファーソン記念堂4

トーマス・ジェファーソンの視線の先にはワシントン記念塔。なおジェファーソンは、独立宣言からちょうど50年を迎えた1826年7月4日に83歳で死去。奇しくも政治家としての大先輩であり、建国の盟友であり、政治的ライバルであった、第2代大統領ジョン・アダムスも同日の数時間後に死去したという、嘘のような本当の話。

ジョージ・メイソン記念碑

ジョージ・メイソン記念碑

トーマス・ジェファーソン記念堂を出て西へ少し進むと、変なおっさんが座っていたので1枚。ジョージ・メイソンというお方らしい。調べてみると、バージニア権利章典なるものを起草し、権利章典の父と呼ばれている御仁。

私のような凡人には、まず権利章典?という話なのだが、人権を規定した法典のことだそうだ。ジョージ・メイソンは、その人権について初めて明文化したらしく、上述のトーマス・ジェファーソンも、独立宣言を起草する際に引用したとのこと。また、その後の多くの権利章典にも大きな影響を与えた、つまりすごい人らしいっす。

フランクリン・D・ルーズベルト記念碑

フランクリン・D・ルーズベルト記念碑

アメリカ第32代大統領フランクリン・D・ルーズベルト(以下FDR)を称えたメモリアル。ここは彼が大統領を務めた13年間を、ストーリー仕立てにして見て周れるように設計されています。

本来は、マーティン・ルーサー・キング・ジュニア記念碑(後述)がある北側から周るのが正解ですが、トーマス・ジェファーソン記念堂から周ってきたため、反対側から入ってしまいました。

そこで、以下の写真は本来のストーリー仕立て通り、北側から周ったテイで順番にお送りします。

Prologue

フランクリン・D・ルーズベルト記念碑 プロローグ

車いすに座ったおじさんの銅像、彼こそFDRご本人です。実はFDRは、39歳時点でポリオの後遺症により日常生活を車いすで過ごしていましたが、当時はそれを公表していませんでした。

このプロローグセクションは、このメモリアルがオープンした1997年当時にはありませんでしたが、多くの議論が重ねられた末、2001年に増設されました。

1st Term (1933-1937) The Great Depression

フランクリン・D・ルーズベルト記念碑 1st term

Pic Credit: https://freetoursbyfoot.com/fdr-memorial/

1st termは、大恐慌下の中、FDRが大統領就任演説で言及した7つの言葉が刻まれています。

2nd Term (1937-1941) The New Deal

フランクリン・D・ルーズベルト記念碑1

2nd termは、大恐慌下の中おこなったニューディール政策がテーマ。画像の左の銅像は、貧困で苦しむ農家の家族、右側にはパンを買うために列を作る、都市部の労働者階級の人々を表しています。

3rd Term (1941-1945) The Second World War

フランクリン・D・ルーズベルト記念碑3

© Lunamarina/Dreamstime.com

3rd termのテーマは第二次世界大戦。FDRの愛犬ファラと大きなマントを着たFDR。実は、車いすに座った姿をマントで隠しているようです。

フランクリン・D・ルーズベルト記念碑2

I HATE WAR. 戦争を好きな人間なんかいるはずがないだろう。しかし、いつの時代も様々な思惑で、戦争に参戦したい者がいることは歴史が証明している。

僕にはこのモニュメントは、アメリカの第二次世界大戦の参戦を、未来永劫正当化するためのプロパガンダのように思えてしまうのである。これを見てみなさんならどう思うだろうか。

4th Term (1945) Legacy

フランクリン・D・ルーズベルト記念碑4

Pic Credit: https://freetoursbyfoot.com/fdr-memorial/

1945年4月12日、大統領任期中、終戦を目前にして、63歳でFDRは亡くなりました。

4th termには、エレノア・ルーズベルト大統領夫人の銅像があります。ファーストレディを称える唯一の大統領記念碑で、彼女の国連と人権運動への貢献を称えています。

マーティン・ルーサー・キング・ジュニア記念碑

マーティン・ルーサー・キング・ジュニア記念碑

フランクリン・D・ルーズベルト記念碑を北に進むと、マーティン・ルーサー・キング・ジュニア牧師を称えたモニュメントに辿り着きます。

リンカーンが奴隷解放宣言をしてからちょうど100年目にあたる1963年、リンカーン記念堂前で人種差別を訴えた”I have a dream”の名スピーチは超有名ですね。

それから半世紀以上たった現在、未だに人種差別はなくなりません。なぜ肌や目の色が違うだけで人間の優劣を決めようとするのでしょうか?リンカーンやキング牧師が現代の変わらぬ状況を見たら、どう思うでしょうか?

朝鮮戦争戦没者慰霊碑

朝鮮戦争戦没者慰霊碑

キング牧師のメモリアルを北に抜け、Independence Aveを渡り、リンカーン記念堂方面へ進むと見えてくるのが、19体の兵士の銅像が印象的な朝鮮戦争戦没者慰霊碑。

1950年、中国をバックにした北朝鮮軍が、韓国側に突如侵攻したのをきっかけに始まった朝鮮戦争。アメリカを筆頭とした国連軍が韓国側で参戦し、1953年に停戦するまでに双方に100万人以上の犠牲者がでました。この慰霊碑は、その犠牲者及び行方不明者を悼むためのものです。

おまけ

ワシントンDC セグウェイ

ワシントンDCは、広大な敷地に多くのメモリアルや博物館があるので、徒歩で巡るとかなり時間を費やします。

そこでオススメが、日本ではなかなか乗ることのできないセグウェイを使って、モール周辺を巡るツアー。僕は情報収集不足でセグウェイを体験できませんでしたが、モールを歩いていると何回かセグウェイ乗り集団に遭遇しました。

DCをくまなく周ろうとすると、丸1日では到底足りず2日は欲しいところですが、セグウェイ移動なら、時間の節約にもなりますし貴重な体験もできるので、2度おいしいこと間違いなしですね。

セグウェイツアー(英語): https://www.fattiretours.com/washington-dc

ということで、本日のDC巡りは終了。

次回は、【アメリカ】アメリカ国防総省・ペンタゴンとアーリントン国立墓地

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